上等の珈琲を飲み、香《か》の高い紙巻烟草を燻らせながら、噴水の音を聞いて涼むことが出来る。
 ブラウン夫婦とジユリエツトと僕とは、小さい卓を囲んで据わつて、トルコの菓子や阿月渾子《あるごんす》を噬《か》みながら、ぼんやりして水のささやきと木の葉のそよぎとを聞いてゐた。その時僕は説明の出来ない或る感じのするのに気が附いた。この説明の出来ないと云ふ詞《ことば》はその感じを的確に言ひ表したものである。何とは知らず、或る強大な物で、殆ど感触せられない、隠微な物が、僕の心中で活動し始めた。此物は直覚的な模糊たる感覚でありながら、それに此一刹那から後の我は、それより前の我とは別物だと云ふ、明確な認識が交つてゐる。僕は挙措を失するやうな気分になつたので、それを掩ひ隠すために、珈琲茶碗を取り上げて口まで持つて行つた。併しその持つて行き方が余り不束《ふつゝか》であつたので、ジユリエツトは「どうなすつたの」と云つて笑ひ始めた。
 此|笑声《せうせい》を相図に、僕の不愉快な気分は、魔法の利いたやうに消え失せた。どうして僕はあんな馬鹿な事を思つたのだらう。僕の感じたのが恋愛に外ならぬと云ふことを、なぜ僕は即時
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