謔閧ゥ寧ろ山の頂に求めた方が好いのだ。この関係は天体を観察する方法を見ても分かる。人がどんな間違をするか、その間違が何から起るかと云ふことが、天体の例で説明すると分かるのだ。星なんぞを見るのに、それを注視しないで、ざつと横目で見るのが好い。さうすると星が目の網膜の外囲部に映る。そこは中心部よりも微弱な光線を知覚するに適してゐる。そこで星の形もその光も一番はつきり分かる。それを注視すれば注視するほど星の光は濁つて来る。無論注視した時の方が、目に受ける光線は量は多いが、それを感ずることが鈍いから無駄になる。それに反して横目でちよいと見ると、少い量の光線に対する感受性が鋭敏なので却て好く見える。それと同じ道理で深くえぐつた捜索法は人の思量を鈍らせて混雑させる。金星位な星だつてぢかにぢつと見詰めてゐると、とう/\天の何処にもゐなくなつてしまふよ。そこであの殺人事件だがね。あれに就いて考案を立てるには、まづ我々ばかりの手で特別な捜索をしなくてはならないね。そいつが随分面白からうと思ふよ。」
ドユパンがかう云つた時、あのいまはしい犯罪の形跡を尋ねるのが面白からうと云ふのを、己は随分異様に感じた。併し黙つてゐた。友達は語を継いだ。
「それにあのルボンと云ふ男には、僕は一度世話になつた事がある。だからあいつを救つて遣るのは、僕の為めには報恩になるのだ。兎に角君と一しよに犯罪の場所を実検しようぢやないか。幸僕はG《ヂエ》警視を知つてゐるからあそこへ往つて見るだけの許可を得るのは造作はないよ。」
友達はかう云つて直ぐにそれだけの手続を実行した。そこで我々二人は早速病院横町へ出向いた。この横町はリシユリヨオ町と聖ロツキユウス町とを連接した狭い道で、パリイの横町の中で、一番貧乏臭い横町の一つである。我々の住んでゐる所から聖ロツキユウス町迄の距離は大ぶあるので、我々が病院横町に到着したのは午後遅くなつてからである。犯罪のあつた家は容易に見付かつた。それは大勢の人がその向側の人道に集まつてゐて、なんの意味もなく、物珍らしげに鎖された窓を見詰めてゐたからである。家はパリイの普通の建築で、中央に歩道があつて、その横手に引戸の付いた窓がある。そこが門番のゐる所である。我々は直ぐに目当の家に這入らずに、まづその前を通り抜けて横町に曲つて、家の背後《うしろ》に出た。その間ドユパンは目当の家は勿論、そ
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