て行く。その客の群は切れたり続いたりはするが、切れた時でも前の人の後影を後の人が見失うようなことはない。僕も歯の歪《ゆが》んだ下駄を引き摩《ず》りながら、田の畔《くろ》や生垣《いけがき》の間の道を歩いて、とうとう目的地に到着した。
ここまで来る道で、幾らも見たような、小さい屋敷である。高い生垣を繞《めぐ》らして、冠木門《かぶきもん》が立ててある。それを這入《はい》ると、向うに煤《すす》けたような古家の玄関が見えているが、そこまで行く間が、左右を外囲《そとがこい》よりずっと低いかなめ垣で為切《しき》った道になっていて、長方形の花崗石《みかげいし》が飛び飛びに敷いてある。僕に背中を見せて歩いていた、偶然の先導者はもう無事に玄関近くまで行っている頃、門と、玄関との中程で、左側のかなめ垣がとぎれている間から、お酌が二人手を引き合って、「こわかったわねえ」と、首を縮めて※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]《ささや》き合いながら出て来た。僕は「何があるのだい」と云ったが、二人は同時に僕の顔を不遠慮に見て、なんだ、知りもしない奴の癖にとでも云いたそうな、極く愛相のない表情をして、玄関の方へ行
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