、狭い一本道の附いている処へ、かわるがわる舟を寄せて、先ず履物《はきもの》を陸《おか》へ揚げた。どの舟もどの舟も、載せられるだけ大勢の人を載せて来たので、お酌の小さい雪蹈《せった》なぞは見附かっても、客の多数の穿いて来た、世間並の駒下駄《こまげた》は、鑑定が容易に附かない。真面目な人が跣足《はだし》で下りて、あれかこれかと捜しているうちに、無頓着な人は好い加減なのを穿いて行く。中には横着《おうちゃく》で新しそうなのを選《よ》って穿く人もある。僕はしかたがないからなるべく跡まで待っていて、残った下駄を穿いたところが、歯の斜《ななめ》に踏み耗《へ》らされた、随分歩きにくい下駄であった。後に聞けば、飾磨屋が履物の間違った話を聞いて、客一同に新しい駒下駄を贈ったが、僕なんぞには不躾《ぶしつけ》だと云う遠慮から、この贈物をしなかったそうである。
 定めて最初に着いた舟に世話人がいて案内をしたのだろう。一艘の舟が附くと、その一艘の人が、下駄を捜したりなんかして、まだ行ってしまわないうちに、もう次の舟の人が上陸する。そして狭い道を土手へ上がって、土手の内の田圃《たんぼ》を、寺島村の誰やらの別荘をさし
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