ってしまった。僕はふいと馬鹿げた事を考えた。昔の名君は一顰《いっぴん》一笑を惜んだそうだが、こいつ等はもう只で笑わないだけの修行をしているなと思ったのである。そんな事を考えながら、格別今女の子のこわがった物の正体を確めたいと云う熱心もなく、垣のとぎれた所から、ちょっと横に這入って見た。
 そこには少し引っ込んだ所に、不断は植木鉢《うえきばち》や箒《ほうき》でも入れてありそうな、小さい物置があった。もう物蔭は少し薄暗くなっていて、物置の奥がはっきり見えないのを、覗《のぞ》き込むようにして見ると、髪を長く垂れた、等身大の幽霊の首に白い着物を着せたのが、萱《かや》か何かを束ねて立てた上に覗かせてあった。その頃まで寄席《よせ》に出る怪談師が、明りを消してから、客の間を持ち廻って見せることになっていた、出来合の幽霊である。百物語のアヴァン・グウはこんな物かと、稍《やや》馬鹿にせられたような気がして、僕は引き返した。
 玄関に上がる時に見ると、上がってすぐ突き当る三畳には、男が二人立って何か忙がしそうに※[#「口+耳」、第3水準1−14−94]き合っていた。「どうしやがったのだなあ」「それだからお
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