文芸の主義
森鴎外
芸術に主義というものは本来ないと思う。芸術そのものが一の大なる主義である。
それを傍から見て、個々別々の主義があるように思うに過ぎない。
Emile Zola(エミール・ゾラ)なんぞは自家の芸術に自然主義という名をつけていた。そうして書いているうちに、しだいにその主義というものに縛せられてしまって終に出した二、三部の作は、すこぶる窮屈なものになっていた。
近ごろイタリヤの Fogazzaro(アントニオ・フォガッツァーロ)が死んだ。Il Santo(フォガッツァーロの小説)あたりであらわしていた、カトリック教に同情した心持を寺院の側からの抑圧を受けて、いっそう保守的にあらわそうとして、死ぬる前に一の小説を書いた。しかしそれはカトリック主義のようになって、芸術上の品位は前の作より下がっている。なんでも主義になって固まってしまっては駄目らしい。
自然主義ということを、こっちでも言っていたが、あれはただつとめて自然に触接するように書くというだけの意義と見て好い。それは芸術というものがそうなくてはならないものである。
自然主義というものに、恐ろしい、悪い意義
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