、一行はや果てなむとす。そのときまだ年若き宮女一人、殿《しんがり》めきてゆたかに歩みくるを、それかあらぬかと打仰《うちあお》げば、これなんわがイイダ姫なりける。
王族広間の上《かみ》のはてに往着《ゆきつ》き玉ひて、国々の公使、またはその夫人などこれを囲むとき、かねて高廊の上《へ》に控へたる狙撃聯隊の楽人がひと声鳴らす鼓《つづみ》とともに「ポロネエズ」といふ舞《まい》はじまりぬ。こはただおのおの右手《めて》にあひての婦人の指をつまみて、この間をひと周《めぐり》するなり。列のかしらは軍装したる国王、紅衣のマイニンゲン夫人を延《ひ》き、つづいて黄絹《きぎぬ》の裾引衣《すそひきごろも》を召したる妃にならびしはマイニンゲンの公子なりき。僅《わずか》に五十|対《つい》ばかりの列めぐりをはるとき、妃は冠《かんむり》のしるしつきたる椅子に倚《よ》りて、公使の夫人たちを側《そば》にをらせたまへば、国王向ひの座敷なる骨牌卓《カルタづくえ》のかたへうつり玉ひぬ。
この時まことの舞踏はじまりて、群客たちこめたる中央の狭きところを、いと巧《たくみ》にめぐりありくを見れば、おほくは少年士官の宮女たちをあひ手にしたるなり。わがメエルハイムの見えぬはいかにとおもひしが、げに近衛《このえ》ならぬ士官はおほむね招かれぬものをと悟りぬ。さてイイダ姫の舞ふさまいかにと、芝居にて贔屓《ひいき》の俳優《わざおぎ》みるここちしてうち護《まも》りたるに、胸にさうびの自然花を梢《こずえ》のままに着けたるほかに、飾といふべきもの一つもあらぬ水色ぎぬの裳裾《もすそ》、狭き間をくぐりながち撓《たわ》まぬ輪を画《えが》きて、金剛石《こんごうせき》の露|飜《こぼ》るるあだし貴人の服のおもげなるを欺《あざむ》きぬ。
時|遷《うつ》るにつれて黄蝋の火は次第に炭《すみ》の気《け》におかされて暗うなり、燭涙《しょくるい》ながくしたたりて、床《ゆか》の上には断《ちぎ》れたる紗《うすぎぬ》、落ちたるはな片《びら》あり。前座敷の間食卓《ビュッフェー》にかよふ足やうやう繁くなりたるをりしも、わが前をとほり過ぐるやうにして、小首《こくび》かたぶけたる顔こなたへふり向け、なかば開けるまひ扇《おうぎ》に頤《おとがい》のわたりを持たせて、「われをばはや見忘れやし玉ひつらむ、」といふはイイダ姫なり。「いかで」といらへつつ、二足《ふたあし》三足《
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