おりおり水音の耳に入るは、木立のあなたを流るるムルデ河に近づきたるなるべし。大隊長は四十の上を三つ四つもこえたらんとおもわるる人にて、髪はまだふかき褐いろを失わねど、その赤き面《おもて》を見れば、はや額の波いちじるし。質樸なれば言葉すくなきに、二言三言めには、「われ一個人にとりては」とことわる癖あり。にわかにメエルハイムのかたへ向きて、「君がいいなずけの妻の待ちてやあるらん」といいぬ。「許したまえ、少佐の君。われにはまだ結髪《いいなずけ》の妻というものなし」「さなりや。わが言《こと》をあしゅう思いとりたもうな。イイダの君を、われ一個人にとりてはかくおもいぬ」かく二人の物語する間に、道はデウベン城の前にいでぬ。園をかこめる低き鉄柵《てっさく》をみぎひだりに結いし真砂路《まさごじ》一線に長く、その果つるところに旧《ふ》りたる石門あり。入りて見れば、しろ木槿《もくげ》の花咲きみだれたる奥に、白堊《しらつち》塗りたる瓦葺《かわらぶき》の高どのあり。その南のかたに高き石の塔あるはエジプトのピラミイドにならいてつくれりと覚ゆ。きょうの泊りのことを知りて出迎えし「リフレエ」着たる下部《しもべ》に引か
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