駒《こま》控えたる少女、わが目がねはしばしこれにとどまりぬ。鋼鉄《はがね》いろの馬のり衣《ごろも》裾長《すそなが》に着て、白き薄絹巻きたる黒帽子をかぶりたる身の構えけだかく、いまかなたの森蔭より、むらむらと打ち出でたる猟兵の勇ましさ見んとて、人々騒げどかえりみぬさま心憎し。
「殊《こと》なるかたに心とどめたもうものかな」といいて軽くわが肩をうちし長き八字|髭《ひげ》の明色なる少年士官は、おなじ大隊の本部につけられたる中尉にて、男爵フォン、メエルハイムという人なり。「かしこなるはわが識れるデウベンの城のぬしビュロオ伯が一族なり。本部のこよいの宿はかの城と定まりたれば、君も人々に交わりたもうたつきあらん」といいおわるとき、猟兵ようようわが左翼に迫るを見て、メエルハイムは駈け去りぬ。この人とわが交わりそめしは、まだ久しからぬほどなれど、よき性《さが》とおもわれぬ。
 寄せ手丘の下まで進みて、きょうの演習おわり、例の審判も果つるほどに、われはメエルハイムとともに大隊長の後《しりえ》につきて、こよいの宿へいそぎゆくに、中高《なかだか》につくりし「ショッセエ」道美しく切株残れる麦畑の間をうねりて、
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