》などをたくみに楯《たて》にとりて、四方《よも》より攻め寄するさま、めずらしき壮観《ものみ》なりければ、近郷の民ここにかしこに群れをなし、中にまじりたる少女《おとめ》らが黒|天鵝絨《びろうど》の胸当《ミイデル》晴れがましゅう、小皿《こざら》伏せたるようなる縁《ふち》せまき笠《かさ》に艸花《くさばな》さしたるもおかしと、たずさえし目がね忙《いそが》わしくかなたこなたを見めぐらすほどに、向いの岡なる一群れきわ立ちてゆかしゅう覚えぬ。
 九月はじめの秋の空は、きょうしもここにまれなるあい色になりて、空気|透《す》きとおりたれば、残るくまなくあざやかに見ゆるこの群れの真中《まなか》に、馬車一輛とどめさせて、年若き貴婦人いくたりか乗りたれば、さまざまの衣の色相映じて、花一|叢《そう》、にしき一団、目もあやに、立ちたる人の腰帯《シェルペ》、坐りたる人の帽のひもなどを、風ひらひらと吹きなびかしたり。そのかたわらに馬立てたる白髪の翁《おきな》は角《つの》ボタンどめにせし緑の猟人服《かりうどふく》に、うすき褐《かち》いろの帽をいただけるのみなれど、なにとなく由《よし》ありげに見ゆ。すこし引き下がりて白き
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