てとうとうと鳴りひびけば、天鵝絨《びろうど》ばりの扉一時に音もなくさとあきて、広間のまなかに一条《ひとすじ》の道おのずから開け、こよい六百人と聞えし客、みなくの字なりに身を曲げ、背の中ほどまでもきりあけてみせたる貴婦人の項、金糸の縫い模様ある軍人の襟《えり》、またブロンドの高髻《たかまげ》などの間を王族の一行よぎりたもう。真先にはむかしながらの巻毛の大仮髪《おおかずら》をかぶりたる舎人《とねり》二人、ひきつづいて王妃両陛下[#「王妃両陛下」は底本では「王両妃陛下」]、ザックセン、マイニンゲンのよつぎの君夫婦、ワイマル、ショオンベルヒの両公子、これにおもなる女官数人したがえり。ザックセン王宮の女官はみにくしという世の噂《うわさ》むなしからず、いずれも顔立ちよからぬに、人の世の春さえはや過ぎたるが多く、なかにはおい皺《しわ》みて肋《あばら》一つ一つに数うべき胸を、式なればえも隠さで出だしたるなどを、額越しにうち見るほどに、心待ちせしその人は来ずして、一行はや果てなんとす。そのときまだ年若き宮女一人、殿めきてゆたかに歩みくるを、それかあらぬかとうち仰げば、これなんわがイイダ姫なりける。
 王
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