こがね色の髪と、まばゆきまで白き領《えり》とをあらわして、車の扉《とびら》開きし剣おびたる殿守《とのもり》をかえりみもせで入りしあとにて、その乗りたりし車はまだ動かず、次に待ちたる車もまだ寄せぬ間をはかり、槍《やり》取りて左右にならびたる熊毛※[#「(矛+攵)/金」、第3水準1−93−30]《くまげかぶと》の近衛卒《このえそつ》の前を過ぎ、赤き氈《かも》を一筋に敷きたる大理石の階をのぼりぬ。階の両側のところどころには、黄羅紗《きらしゃ》にみどりと白との縁取りたる「リフレエ」を着て、濃紫の袴《はかま》をはいたる男、項をかがめて瞬《またた》きもせず立ちたり。むかしはここに立つ人おのおの手燭《てしょく》持つ習いなりしが、いま廊下、階段にガス燈用いることとなりて、それはやみぬ。階の上なる広間よりは、古風《いにしえぶり》を存ぜるつり燭台《しょくだい》の黄蝋《おうろう》の火遠く光の波をみなぎらせ、数知らぬ勲章、肩じるし、女服の飾りなどを射て、祖先よよの曲画の肖像の間にはさまれたる大鏡に照りかえされたる、いえば尋常《よのつね》なり。
 式部官が突く金総《きんぶさ》ついたる杖、「パルケット」の板に触れ
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