くりてそのいただきを平らかにしたれば、階段をのぼりおりする人も、いただきに立ちたる人も下よりあきらかに見ゆべければ、イイダ姫がこともなくみずから案内せんといいしも、深く怪しむに足らず。姫はほとほと走るように塔の上り口にゆきて、こなたをかえりみたれば、われもいそぎて追いつき、段の石をば先に立ちて踏みはじめぬ。ひと足遅れてのぼり来る姫の息せまりて苦しげなれば、あまたたび休みて、ようよう上にいたりて見るに、ここはおもいのほかに広く、めぐりに低き鉄欄干をつくり、中央に大なる切り石一つすえたり。
 いまやわれ下界を離れたるこの塔のいただきにて、きのうラアゲウィッツの丘の上よりはるかに初対面せしときより、あやしくもこころを引かれて、いやしき物好きにもあらず、いろなる心にもあらねど、夢に見、うつつにおもう少女《おとめ》と差し向いになりぬ。ここより望むべきザックセン平野のけしきはいかに美しくとも、茂れる林もあるべく、深き淵《ふち》もあるべしとおもわるるこの少女が心には、いかでか若《し》かむ。
 けわしく高き石級をのぼりきて、臉《かお》にさしたる紅《くれない》の色まだあせぬに、まばゆきほどなるゆう日の光
前へ 次へ
全32ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング