えらばるるようなるためしなく、かかる任に当るには、別に履歴のうてはかなわぬことを、知ろしめさぬなるべし。ここにつどえる将校百三十余人のうちにて、騎兵の服着たる老将官の貌《かたち》きわめて魁偉《かいい》なるは、国務大臣ファブリイス伯なりき。
夕暮に城にかえれば、少女らの笑いさざめく声、石門の外《と》まで聞ゆ。車とどむるところへ、はや馴れたる末の姫走り来て、「姉君たち『クロケット』の遊びしたまえば、おん身もなかまになりたまわずや」とわれにすすめぬ。大隊長、「姫君の機嫌損じたもうな。われ一個人にとりては、衣脱ぎかえて憩《いこ》うべし」というをあとに聞きなしてしたがい行くに、ピラミイドのもとの園にて姫たちいま遊びの最中《もなか》なり。芝生のところどころに黒がねの弓伏せて植えおき、靴のさきもて押えたる五色の球を、小槌《こづち》ふるいて横ざまに打ち、かの弓の下をくぐらするに、たくみなるは百に一つを失わねど、つたなきはあやまちて足など撃ちぬとてあわてふためく。われも正剣解いてこれにまじり、打てども打てども、球あらぬ方へのみ飛ぶぞ本意《ほい》なき。姫たち声をあわせて笑うところへ、イイダ姫メエルハイム
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