銃猟仲間の会堂にゆきて演習見に来たまいぬる国王の宴《うたげ》にあずかるべきはずなれば、正服着て待つほどに、あるじの伯は馬車を借して階《きざはし》の上まで見送りぬ。われは外国士官というをもて、将官、佐官をのみつどうるきょうの会に招かれしが、メエルハイムは城に残りき。田舎なれど会堂おもいのほかに美しく、食卓の器は王宮よりはこび来ぬとて、純銀の皿、マイセン焼の陶《すえ》ものなどあり。この国のやき物は東洋のを粉本《ふんぽん》にしつといえど、染めいだしたる草花などの色は、わが邦《くに》などのものに似もやらず。されどドレスデンの宮には、陶ものの間というありて、支那日本の花瓶《はながめ》の類《たぐい》おおかた備われりとぞいうなる。国王陛下にはいまはじめて謁見《えっけん》す。すがた貌《かたち》やさしき白髪の翁《おきな》にて、ダンテの神曲《ヂウイナ・コメヂア》訳したまいきというヨハン王のおん裔《すえ》なればにや、応接いとたくみにて、「わがザックセンに日本の公使おかれんおりは、いまの好《よし》みにて、おん身の来んを待たん」などねもごろに聞えさせたもう。わが邦にては旧きよしみある人をとて、御使《おんつか》い
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