銃猟仲間の会堂にゆきて演習見に来たまいぬる国王の宴《うたげ》にあずかるべきはずなれば、正服着て待つほどに、あるじの伯は馬車を借して階《きざはし》の上まで見送りぬ。われは外国士官というをもて、将官、佐官をのみつどうるきょうの会に招かれしが、メエルハイムは城に残りき。田舎なれど会堂おもいのほかに美しく、食卓の器は王宮よりはこび来ぬとて、純銀の皿、マイセン焼の陶《すえ》ものなどあり。この国のやき物は東洋のを粉本《ふんぽん》にしつといえど、染めいだしたる草花などの色は、わが邦《くに》などのものに似もやらず。されどドレスデンの宮には、陶ものの間というありて、支那日本の花瓶《はながめ》の類《たぐい》おおかた備われりとぞいうなる。国王陛下にはいまはじめて謁見《えっけん》す。すがた貌《かたち》やさしき白髪の翁《おきな》にて、ダンテの神曲《ヂウイナ・コメヂア》訳したまいきというヨハン王のおん裔《すえ》なればにや、応接いとたくみにて、「わがザックセンに日本の公使おかれんおりは、いまの好《よし》みにて、おん身の来んを待たん」などねもごろに聞えさせたもう。わが邦にては旧きよしみある人をとて、御使《おんつか》いえらばるるようなるためしなく、かかる任に当るには、別に履歴のうてはかなわぬことを、知ろしめさぬなるべし。ここにつどえる将校百三十余人のうちにて、騎兵の服着たる老将官の貌《かたち》きわめて魁偉《かいい》なるは、国務大臣ファブリイス伯なりき。
 夕暮に城にかえれば、少女らの笑いさざめく声、石門の外《と》まで聞ゆ。車とどむるところへ、はや馴れたる末の姫走り来て、「姉君たち『クロケット』の遊びしたまえば、おん身もなかまになりたまわずや」とわれにすすめぬ。大隊長、「姫君の機嫌損じたもうな。われ一個人にとりては、衣脱ぎかえて憩《いこ》うべし」というをあとに聞きなしてしたがい行くに、ピラミイドのもとの園にて姫たちいま遊びの最中《もなか》なり。芝生のところどころに黒がねの弓伏せて植えおき、靴のさきもて押えたる五色の球を、小槌《こづち》ふるいて横ざまに打ち、かの弓の下をくぐらするに、たくみなるは百に一つを失わねど、つたなきはあやまちて足など撃ちぬとてあわてふためく。われも正剣解いてこれにまじり、打てども打てども、球あらぬ方へのみ飛ぶぞ本意《ほい》なき。姫たち声をあわせて笑うところへ、イイダ姫メエルハイム
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