に關する書状と思ひしならん。「否、心にな掛けそ。おん身も名を知る相澤が、大臣と倶にこゝに來てわれを呼ぶなり。急ぐといへば今よりこそ。」
かはゆき獨り子を出し遣る母もかくは心を用ゐじ。大臣にまみえもやせんと思へばならん、エリスは病をつとめて起ち、上襦袢も極めて白きを撰び、丁寧にしまひ置きし「ゲエロツク」といふ二列ぼたんの服を出して着せ、襟飾りさへ余が爲めに手づから結びつ。
「これにて見苦しとは誰れも得言はじ。我鏡に向きて見玉へ。何故にかく不興なる面もちを見せ玉ふか。われも諸共に行かまほしきを。」少し容をあらためて。「否、かく衣を更《あらた》め玉ふを見れば、何となくわが豐太郎の君とは見えず。」又た少し考へて。「縱令富貴になり玉ふ日はありとも、われをば見棄て玉はじ。我病は母の宣《のたま》ふ如くならずとも。」
「何、富貴。」余は微笑しつ。「政治社會などに出でんの望みは絶ちしより幾年をか經ぬるを。大臣は見たくもなし。唯年久しく別れたりし友にこそ逢ひには行け。」エリスが母の呼びし一等「ドロシユケ」は、輪下にきしる雪道を※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]の下まで來ぬ。余は手袋をはめ、少し汚
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