に聞かせ玉ひそ。こゝは往來なるに。」彼は物語するうちに、覺えず我肩に倚りしが、この時ふと頭を擡げ、又始てわれを見たるが如く、恥ぢて我側を飛びのきつ。
 人の見るが厭はしさに、早足に行く少女の跡に附きて、寺の筋向ひなる大戸を入れば、缺け損じたる石の梯《はしご》あり。これを上ぼりて、四階目に腰を折りて潜るべき程の戸あり。少女は※[#「金+肅」、第3水準1−93−39]《さ》びたる針金の先きを捩ぢ曲げたるに、手を掛けて強く引きしに、中には咳枯《しはが》れたる老媼《おうな》の聲して、「誰《た》ぞ」と問ふ。エリス歸りぬと答ふる間もなく、戸をあらゝかに引開けしは、半ば白みたる髮、惡しき相にはあらねど、貧苦の痕を額に印せし面の老媼にて、古き獸綿の衣を着、汚れたる上靴を穿きたり。エリスの余に會釋して入るを、かれは待ち兼ねし如く、戸を劇しくたて切りつ。
 余は暫し茫然として立ちたりしが、ふと油燈《ラムプ》の光に透して戸を見れば、エルンスト、ワイゲルトと漆もて書き、下に仕立物師と注したり。これすぎぬといふ少女が父の名なるべし。内には言ひ爭ふごとき聲聞えしが、又靜になりて戸は再び明きぬ。さきの老媼は慇懃にお
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