、鉛筆取り出でゝ彼此と材料を集む。この截《き》り開きたる引※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]より光を取れる室にて、定りたる業《わざ》なき若人《わかうど》、多くもあらぬ金を人に借して己れは遊び暮す老人、取引所の業の隙を偸《ぬす》みて足を休むる商人《あきうど》などと臂《ひぢ》を並べ、冷なる石卓《いしづくゑ》の上にて、忙はしげに筆を走らせ、小をんなが持て来る一盞《ひとつき》の※[#「口+加」、第3水準1−14−93]※[#「口+非」、第4水準2−4−8]の冷《さ》むるをも顧みず、明きたる新聞の細長き板ぎれに※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]みたるを、幾種《いくいろ》となく掛け聯《つら》ねたるかたへの壁に、いく度となく往来《ゆきき》する日本人を、知らぬ人は何とか見けん。又一時近くなるほどに、温習に往きたる日には返り路《ぢ》によぎりて、余と倶《とも》に店を立出づるこの常ならず軽き、掌上《しやうじやう》の舞をもなしえつべき少女を、怪み見送る人もありしなるべし。
 我学問は荒《すさ》みぬ。屋根裏の一燈微に燃えて、エリスが劇場よりかへりて、椅《いす》に寄り
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