たかずに戸をあけて、給仕が出て来た。
「お食事がよろしゅうございます」
「ここは日本だ」と繰り返しながら渡辺はたって、女を食卓のある室へ案内した。ちょうど電燈がぱっとついた。
 女はあたりを見廻して、食卓の向う側にすわりながら、「シャンブル・セパレエ」と笑談《じょうだん》のような調子でいって、渡辺がどんな顔をするかと思うらしく、背伸びをしてのぞいてみた。盛花《もりばな》の籠が邪魔になるのである。
「偶然似ているのだ」渡辺は平気で答えた。
 シェリイを注ぐ。メロンが出る。二人の客に三人の給仕が附ききりである。渡辺は「給仕のにぎやかなのをご覧」と附け加えた。
「あまり気がきかないようね。愛宕山もやっぱりそうだわ」肘《ひじ》を張るようにして、メロンの肉をはがして食べながらいう。
「愛宕山では邪魔だろう」
「まるで見当違いだわ。それはそうと、メロンはおいしいことね」
「いまにアメリカへ行くと、毎朝きまって食べさせられるのだ」
 二人はなんの意味もない話をして食事をしている。とうとうサラドの附いたものが出て、杯にはシャンパニエが注がれた。
 女が突然「あなた少しも妬《ねた》んではくださらないのね
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