その琥珀いろの手に持っている、黒ずんだ、小さい杯を見た。
 思い掛けない事である。
 七つの濃い紅の唇は開いたままで詞《ことば》がない。
 蝉はじいじいと鳴いている。
 良《やや》久しい間、只蝉の声がするばかりであった。
 一人の娘がようようの事でこう云った。
「お前さんも飲むの」
 声は訝《いぶかり》に少しの嗔《いかり》を帯びていた。
 第八の娘は黙って頷《うなず》いた。
 今一人の娘がこう云った。
「お前さんの杯は妙な杯ね。一寸《ちょっと》拝見」
 声は訝に少しの侮《あなどり》を帯びていた。
 第八の娘は黙って、その熔巌の色をした杯を出した。
 小さい杯は琥珀いろの手の、腱《けん》ばかりから出来ているような指を離れて、薄紅のむっくりした、一つの手から他の手に渡った。
「まあ、変にくすんだ色だこと」
「これでも瀬戸物でしょうか」
「石じゃあないの」
「火事場の灰の中から拾って来たような物なのね」
「墓の中から掘り出したようだわ」
「墓の中は好かったね」
 七つの喉《のど》から銀の鈴を振るような笑声が出た。
 第八の娘は両臂《りょうひじ》を自然の重みで垂れて、サントオレアの花のような目
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