ォツキイはすぐに女房を見附けた。それから戸口の戸を叩いた。
戸が開いて、閾《しきい》の上に小さい娘が出た。年は十六ぐらいである。
ツォウォツキイにはそれが自分の娘だということがすぐ分かった。
「なんの御用ですか」と、娘は厳重な詞附きで問うた。
ツァウォツキイは左の手でよごれた着物の胸を押さえた。小刀の痕を見附けられたくなかったのである。そしてもうこの娘を見たから、このまま帰ってもよいのだと心の中に思った。しかし問われて見れば返事をしないわけには行かない。そこで手を右のポッケットに入れて手品に使う白い球を三つ撮《つま》み出した。「わたしはねえ、いろんな面白い手品が出来るのですが。」ツァウォツキイはこう云って娘の笑う顔を見ようと思ったのである。
しかし娘は笑わなかった。母と同じように堅気で真面目にしている子だからである。
「手品なんざ見なくたってよございます。さっさとお帰りなさい。」こう云って娘は戸を締めようとして、戸の握りを握った。娘の手は白くて、それにしなやかな指が附いている。
この時ツァウォツキイが昔持っていて、浄火の中に十六年いたうちに、ほとんど消滅した、あらゆる悪い性質
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