な檄文のやうなものですよ。」
「はゝあ。そんなら除けたが好いでせう。好くさう云つて下すつた。どうもわたくしは無経験なもんですから。どうかこれからも気を附けて下さい。」かう云つて、赤インキで消して、欄外へ「不認可」と大きく書いて、それへ二重圏点を附けた。
それからは編輯長が自身に原稿を持つて来ると、こんな工合に処置することになつてゐる。
「急ぎの原稿ですね。なんにもいかゞはしいものはありますまいね。」
「ありません。」
「大丈夫ですね。」かう念を押して、弛んで下へ落ち掛かつた目金の上から、編輯長の顔を見る。
「ないですよ。」しつかりした声で答へる。
プラトンは大きい字で「認可」と書いて渡してしまふ。それからかう云ふ。
「どうもわたくしも一々読んで見ることは出来ませんからな。一体本職の方も相応に急がしいのです。とても時間がないのです。それにあなたゞから、正直を言ひますが、わたくしはもう大ぶ年が寄つたものですから、何か少し考へると、直ぐに頭痛がしましてね。これで昔は多少教育も受けたのですが、もう何もかもすつかり忘れてしまひました。どうも此頃は健忘とでも云ふ様な事があつて、上役に挨拶をする
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