のだと思つてゐた。
「これで毎月二十五ルウブルはある。ペチヤアがペテルブルクで修行する丈の入費はこれから出る。」かう思つて喜んでゐる。編輯長も書肆の主人も好い人である。時々プラトンの内を訪問する。プラトンも先方へ訪問に行く。編輯長の母がグラフイラ夫人と近附きになつて、仲が好い。どちらもおとなしい、上品な貴婦人で、いつも黒い服を着て、同じやうな髪の束ねかたをしてゐる。編輯長の内には、死んだ兄の娘で、リユボチユカといふのを育てゝゐる。それがプラトンの娘のニノチユカと年配が同じ位なので、これも検閲と新聞とを、結び附ける鎖の一つとなつた。
編輯長はなか/\気の利いた男なので、プラトンは次第に尊敬するやうになつた。殊に次の事実があつてからは、一層尊敬するのである。それはなんだと云ふと、或る時、編輯長はいつもの通り原稿を纏めて持つて来て、かう云つた。
「どうでせう。こいつはあんまりひどい様だから、除けませうか。」
「どんな記事ですか。」かう云つて、プラトンは少し不安な顔をして、ペンを赤インキの壷に插し込んだ。
「なんと云ふこともないですが、わたくしだつてごた/\の起るやうな事は厭ですからなあ。妙
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