とも判断しにくい。目は青くて、妙な表情をしていた。なんでもずっと遠くにある物を見ているかと思うように、空《くう》を見ていた。悲しげな目というでもない。真面目《まじめ》な、ごく真面目な目で、譬《たと》えば最も静かな、最も神聖な最も世と懸隔している寂しさのようだとでも云いたい目であった。そうだ。あの男は不思議に寂しげな目をしていた。
 下宿の女主人は、上品な老処女である。朝食《あさしょく》に出た時、そのおばさんにエルリングはどこのものかという事を問うた。
「ラアランドのものでございます。どなたでもあの男を見ると不思議がってお聞きになりますよ。本当にあのエルリングは変った男です。」こう云いさして、大層意味ありげに詞《ことば》を切って、外の事を話し出した。なんだかエルリングの事は、食卓なんぞで、笑談《じょうだん》半分には話されないとでも思うらしく見えた。
 食事が済んだ時、それまで公爵夫人ででもあるように、一座の首席を占めていたおばさんが、ただエルリングはもう二十五年ばかりもこの家にいるのだというだけの事を話した。ひどく尊敬しているらしい口調で話して、その外の事は言わずにしまった。丁度親友の内
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