85]《みは》った。
背の高い、立派な男である。この土地で奴僕《ぬぼく》の締める浅葱《あさぎ》の前掛を締めている。男は響の好《よ》い、節奏のはっきりしたデネマルク語で、もし靴が一足間違ってはいないかと問うた。
果して己は間違った靴を一足受け取っていた。男は自分の過《あやまち》を謝した。
その時己はこの男の名を問うたが、なぜそんな事をしたのだか分からない。多分体格の立派なのと、項《うなじ》を反《そら》せて、傲然《ごうぜん》としているのとのためであっただろう。
「エルリングです」と答えて、軽く会釈して、男は出て行った。
エルリングというのは古い、立派な、北国《ほっこく》の王の名である。それを靴を磨く男が名告《なの》っている。ドイツにもフリイドリヒという奴僕はいる。しかしまさかアルミニウスという名は付けない。この土地はおさんにインゲボルクがいたり、小間使にエッダがいたりする。それがそういう立派な名を汚《けが》すわけでもない。
己はいつまでもエルリングの事を忘れる事が出来なかった。あの男のどこが、こんなに己の注意を惹《ひ》いたのだか、己の部屋に這入っていた時間が余り短かったので、なん
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