する、冥想《めいそう》する、思想の上で何物をか求めて、一人でいると云うことを覚えたものと見える。その苦痛が、そう云う運命にあの男を陥《おとし》いれたのであろう。そこでこうして、この別荘の冬の王になっている。しかし毎年春が来て、あの男の頭上の冠《かんむり》を奪うと、あの男は浅葱の前掛をして、人の靴を磨くのである。夏の生活は短い。明るい色の衣裳《いしょう》や、麦藁帽子《むぎわらぼうし》や、笑声や、噂話《うわさばなし》は※[#「倏」の「犬」に代えて「火」、第4水準2−1−57]忽《たちまち》の間《あいだ》に閃《ひらめ》き去って、夢の如《ごと》くに消え失《う》せる。秋の風が立つと、燕《つばめ》や、蝶《ちょう》や、散った花や、落ちた葉と一しょに、そんな生活は吹きまくられてしまう。そして別荘の窓を、外から冬の夜《よ》の闇《やみ》が覗く。人に見棄《みす》てられた家と、葉の落ち尽した木立《こだち》のある、広い庭とへ、沈黙が抜足をして尋ねて来る。その時エルリングはまた昂然として頭を挙げて、あの小家《こいえ》の中の卓《たく》に靠《よ》っているのであろう。その肩の上には鴉《からす》が止まっている。この北国《
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