ん》がある。六分儀《ろくぶんぎ》がある。古い顕微鏡がある。自然学の趣味もあるという事が分かる。家具は、部屋の隅に煖炉《だんろ》が一つ据えてあって、その側に寝台《ねだい》があるばかりである。
「心持の好さそうな住まいだね。」
「ええ。」
「冬になってからは、誰が煮炊《にたき》をするのだね。」
「わたしが自分で遣《や》ります。」こう云って、エルリングは左の方を指さした。そこは龕《がん》のように出張《でば》っていて、その中に竈《かまど》や鍋釜《なべかま》が置いてあった。
「この土地の冬が好きだと云ったっけね。」
「大好きです。」
「冬の間に誰か尋ねて来るかね。」
「あの男だけです。」エルリングが指さしをする方を見ると、祭服を着けた司祭の肖像が卓《たく》の上に懸かっている。それより外には※[#「匸<扁」、第4水準2−3−48]額《へんがく》のようなものは一つも懸けてないらしかった。「あれが友達です。ホオルンベエクと云う隣村の牧師です。やはりわたしと同じように無妻で暮しています。それから余り附合をしないことも同様です。年越の晩には、極《き》まって来ますが、その外の晩にも、冬になるとちょいちょい来
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