っている。ただ前掛だけはしていない。何か書き物をしているのである。書いている紙は大判である。その側には厚い書物が開けてある。卓《たく》の上のインク壺《つぼ》の背後には、例の大きい黒猫が蹲って眠っている。エルリングが肩の上には、例の烏が止まって今己が出し抜けに来た詫《わび》を云うのを、真面目な顔附《かおつき》で聞いていたが、エルリングが座を起《た》ったので、鳥は部屋の隅へ飛んで行った。
エルリングは椅子《いす》を出して己を掛けさせた。己はちょいと横目で、書棚にある書物の背皮を見た。グルンドヴィグ、キルケガアルド、ヤアコップ・ビョオメ、アンゲルス・シレジウス、それからギョオテのファウストなどがある。後《あと》に言った三つの書物は、背革の文字で見ると、ドイツの原書である。エルリングはドイツを読むと見える。書物の選択から推して見ると、この男は宗教哲学のようなものを研究しているらしい。
大きな望遠鏡が、高い台に据えて、海の方へ向けてある。後《のち》に聞けば、その凸面鏡は、エルリングが自分で磨《す》ったのである。書棚の上には、地球儀が一つ置いてある。卓《たく》の上には分析に使う硝子瓶《がらすび
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