hen 版の認識論や民類学などである。なぜかと問うと、暇があったら読もうと思うのが楽しみだと、君は答える。ひどく知識欲の強い人である。
 二三週間立ってから、或る日私はF君がどんな生活をしているかと思って、役所からの帰掛に立見をおとずれた。丁度お上《かみ》さんが門口《かどぐち》から一匹の小犬を逐《お》い出しているところであった。「どうも内の狆が牝《めす》だもんですから、いろんな犬が来て困ります」と云って置いて、「畜生々々」と顧み勝《がち》に出て行く犬を叱っている。狆は帳場から、よそよそしい様子をして見ている。
「F君はどうしていますか」と、私は問うた。
「あなたがお世話なさるだけあって、変った方でございますね」と、お上さんは笑顔《えがお》をして云った。
「わたくしが世話をするだけあって変っているのですって。それは困るなあ。一体どう変っています。」こう云いつつ、私は帳場の前に腰を掛けた。
「いいえ、大そう好い方でございますが、もうこんなに朝晩寒くなりましたのに、まだ単物《ひとえもの》一枚でいらっしゃいます。寒い時は、上からケットを被《かぶ》って本を読んでいらっしゃるのでございます。」お上
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