の》り出た人に、F君のような造詣のあったことは曾《かつ》て無い。この側から見れば、F君は奇蹟である。しかしこれまで私の家に寄食したいと云って来た人に、一文の貯もなかったことは幾らでも有る。この側から見ればF君は平凡な徼幸者《ぎょうこうしゃ》である。そう云う徼幸者を遇する道は、私のためには熟路である。私はこの熟路を行くに、奇蹟たる他の一面を顧慮して、多少の手加減をすれば好いのである。
 私は決して徼幸者に現金をわたさない。これが徼幸者に対する一つの原則である。そこで私はF君にこんな事を言った。君はドイツ語が好く出来る。私の君を知っているのは只それだけである。それだけでは、君と同居しようとまでは、私には思われない。そこで私は君を、私の心安い宿屋に紹介する。宿屋では私に対する信用で、君を泊まらせて食わせて置く。その間に私は君のために位置を求める。それも、君だけの材能があって見れば、多少の心当《こころあたり》がないでもない。若し旨《うま》く行ったら、君は自ら贏《か》ち得た報酬で宿屋の勘定をするが好い。それが旨く行かず、又故郷からも金が来なかったら、宿屋の勘定だけを私が引き受ける。私にはそれ以上
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