ていた。そのうちにどうかしようと思ったが、親許が真面目《まじめ》なので、どうすることも出来ない。宮沢は随分窮してはいたのだが、ひと算段をしてでも金で手を切ろうとした。しかし親許では極まった手当の外《ほか》のものはどうしても取らない。それが心《しん》から欲しくないのだから、手が附けられない。とうとうその下女を妻にして、今でもそのままになっている。今は東京で立派にしているのだが、なんにしろ教育の無い女の事だから、宮沢は何かに附けて困っているよ。」
 富田は意地きたなげに、酒をちびちび飲みながら冷かした。「もうおしまいか。竜頭蛇尾だね。そんな話なら、誉めなけりゃあ好かった。」

       四

 この時戸口で、足踏をして足駄の歯に附いた雪を落すような音がする。主人の飼っている Jean《ジャン》 という大犬が吠えそうにして廃《よ》して、鼻をくんくんと鳴らす。竹が障子を開けて何か言う声がする。
 間もなく香染《こうぞめ》の衣を着た坊さんが、鬚《ひげ》の二分程延びた顔をして這入《はい》って来た。皆の顔を見て会釈して、「遅くなりまして甚《はなは》だ」と云いながら、畳んだ坐具を右の脇《わき》に置
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