は驚いた顔をして、お娵《よめ》さんはどちらからお出《いで》なさいますと云ったそうだ。僕は神慮に称《かな》っていると見えて、富田に馳走をせいと云う託宣があるのだ。」
「怪しい女だね」と戸川が嘴《くちばし》を容《い》れた。
「なに。御馳走になるから云うのではないが、なかなか好《い》い細君だよ。入院している子供は皆|懐《なつ》いている。好く世話をして遣《や》るそうだ。ただおりおり御託宣があるのだ。」
寧国寺さんは、主人と顔を見合せて、不断の微笑を浮べて聞いていたが、「お休なさい」と云って、ついと起った。見送りに立つ暇《いとま》もない。
この坊さんはいつでも飄然《ひょうぜん》として来て飄然として去るのである。
風の音がひゅうと云う。竹が薬缶《やかん》を持って、急須《きゅうす》に湯を差しに来て、「上はすっかり晴れました」と云った。
「もうお互に帰ろうじゃないか」と戸川が云った。
富田は幅の広い顔に幅の広い笑を見せた。「ところが、まだなかなか帰られないよ。独身生活を berufsmaessig《ベルウフスメエシヒ》 に遣っている先生の退却した迹《あと》で、最後の突撃を加えなけりゃあならない
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