Bismarck に對して義憤がしたいといふ需要があるので云云といふ文句であつて、慥に嘲を帶びてゐる。
前宮内大臣が自分より年の餘程若い夫人を迎へようとした。實にけしからん。衆議院議員が砂糖事件で賄賂を取つた。實にけしからん。此けしからんが義憤である。日本の新聞は第一面の社説を始として、第三面の雜報まで、悉く此けしからんで充たされてゐる。悉く義憤の文字である。
田山花袋君が蒲團を書いた。けしからん。永井荷風君が祝盃を書いた。けしからん。日本には文藝の批評にも義憤が澤山有る。只繪畫彫刻の裸體に對する義憤だけが、昨今やつと無くなつたやうである。
自分より遙に年の若い妻を持つのは、縱ひ不徳といふ程でないにしても、少くも背俗であらう。賄賂を取るのは惡い。併しそれに對して 〔sittliche Entru:stung〕 を起して、けしからんと叫ぶのは、獨逸人なら、氣恥かしく思ふであらう。何故《なぜ》といふに若し傍《はた》から、「その義憤をなさるお前さんは第一の石を罪人に抛つ資格がお有りなさるのですか」と云はれると、赤面しなくてはならないと感じるからである。そこで義憤といふことが氣恥かしい
前へ
次へ
全9ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング