沁梔。井の門人下津は、初め柳田に前額を一刀切られたのに屈せず、奮闘した末、柳田の肩尖《かたさき》を一刀深く切り下げた。柳田は痛痍《いたで》にたまらず、ばたりと地に倒れた。下津は四郎左衛門が師匠の首を取つて逃げるのを見て、柳田を棄てゝ、四郎左衛門の跡を追ひ掛けた。
下津が四郎左衛門を追ひ掛けると同時に、前岡、中井に支へられてゐた従者の中から、上野が一人引きはづして、下津と共に駆け出した。
上野は足が下津より早いので、殆《ほとん》ど四郎左衛門に追ひ附きさうになつた。四郎左衛門は振り返りしなに、首を上野に投げ附けた。首は上野の右の腕に強く中《あた》つた。上野がたじろく隙《すき》に、四郎左衛門は逃げ伸びた。
上野が四郎左衛門を追ひ掛けて行つた跡で、従者等は前岡、中井に切りまくられて、跡へ跡へと引いた。前岡、中井は四郎左衛門が横井を討つたのを見たので、方角を換へて逃げた。横山に額を切られた鹿島も、上田も、隙《すき》を覗《うかゞ》つて逃げた。同志のうちで其場に残つたのは深痍《ふかで》を負つた柳田一人であつた。
四郎左衛門の投げ附けた首を拾つた上野と一しよに、下津が師匠の骸《むくろ》の傍《か
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