スはら》へ引き返す所へ、横山も戻つて来た。取り巻いてゐた群集の中から、其外の従者が出て来て、下津等に手伝つて、身首|所《ところ》を異にしてゐる骸を駕籠の内に収めた。市中の警戒をしてゐた警吏が大勢来て、柳田を捕へて往つたのは、此時の事であつた。
 四郎左衛門は市中を一走りに駈《か》け抜けて、田圃道《たんぼみち》に出ると、刀の血を道傍《みちばた》の小河で洗つて鞘《さや》に納め、それから道を転じて嵯峨《さが》の三宅左近の家をさして行つた。左近は四郎左衛門が三宅典膳の家で相識《さうしき》になつた剣客である。左近方の裏には小さい酒屋があつた。四郎左衛門はそこで酒を一升買つて、其徳利を手に提げて、竹藪の中にある裏門から這入《はひ》つた。左近方には四郎左衛門が捕はれて死んだ後に、此徳利が紫縮緬《むらさきちりめん》の袱紗《ふくさ》に包んで、大切に蔵《しま》つてあつたさうである。
 捕へられた柳田は一言も物を言はず、又取調を命ぜられた裁判官等も、強《し》ひて問ひ窮《きは》めようともせぬので、同志の名は暫く知られずにゐた。しかし柳田と往来したことのある人達が次第に召喚せられて中には牢屋に繋《つな》がれたも
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