ニ切つて掛かつた。しかし横井は容易《たやす》く手元に附け入らせずに、剣術自慢の四郎左衛門を相手にして、十四五合打ち合つた。此短刀は今も横井家に伝はつてゐるが、刃がこぼれて簓《さゝら》のやうになつてゐる。
 横井が四郎左衛門の刀を防いでゐるうちに、横山は鹿島の額を一刀切つた。鹿島は血が目に流れ込むので、二三歩飛びしざつた。横山が附け入つて討ち果さうとするのを、上田が見て、横合から切つて掛かつた。其勢が余り烈《はげ》しかつたので、横山は上田の腕に微傷《かすりきず》を負はせたにも拘《かゝは》らず、刃《やいば》を引いて逃げ出した。上田は追ひ縋《すが》つて、横山の後頭を一刀切つて引き返した。
 四郎左衛門が意外の抗抵に逢つて怒を発し、勢鋭く打ち込む刀に、横井は遂に短刀を打ち落された。四郎左衛門は素早く附け入つて、横井を押し伏せ、髻を掴《つか》んで首を斬つた。
 四郎左衛門は「引上げ」と一声叫んで、左手に横井の首を提《さ》げて駆け出した。寺町通の町人や往来の人は、打ち合ふ一群を恐る/\取り巻いて見てゐたが、四郎左衛門が血刀《ちがたな》と生首《なまくび》とを持つて来るのを見て、さつと道を開いた。
 
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