V丞《かしままたのじよう》、跡《あと》の二人は皆|十津川《とつがは》の人で、前岡|力雄《りきを》、中井|刀禰雄《とねを》と云つた。
 四郎左衛門は土屋信雄と変名して、京都|粟田《あはた》白川橋南に入る堤町の三宅典膳と云ふものゝ家に潜伏してゐた。そして時々七人の同志と会合して、所謂|斬奸《ざんかん》の手筈《てはず》を相談した。然るに生憎《あいにく》横井は腸を傷《いた》めて、久しく出勤しなかつた。邸宅の辺を徘徊《はいくわい》して窺《うかゞ》ふに、大きい文箱《ふばこ》を持つた太政官《だじやうくわん》の使が頻《しきり》に往反《わうへん》するばかりである。
 同志の人々はいつそ邸内に踏み込んで撃たうかとも思つた。しかし此秘密結社の牛耳を執《と》つてゐた上田が聴かなかつた。なぜと云ふに、横井は処士に忌まれてゐることを好く知つてゐて、邸宅には十分に警戒をしてゐた。そこへ踏み込んでは、六人の力を以てしても必ず成功するとは云はれなかつたからである。
 歳暮に迫つて、横井は全快して日々出勤するやうになつた。同志の人々は会合して、来年早々事を挙げようと議決した。さて約束が極《き》まつた時、四郎左衛門は訣別《
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