テりしゆゑん》。是真為大聖《これまことにたいせいたり》。」これは共和政を日本に行はうと云ふ意ではない。横井は又ヨオロツパやアメリカで基督教が、人心を統一する上に於いて、頗《すこぶ》る有力であるのを見て、神儒仏三教の不振を歎いた。「西洋有正教《せいやうにせいけうあり》。其教本上帝《そのをしへはじやうていをもととす》。戒律以導人《かいりつもてひとをみちびき》。勧善懲悪戻《ぜんをすすめてあくれいをこらしむ》。上下信奉之《しやうかこれをしんぽうし》。因教立法制《をしへによりてはふせいをたつ》。治教不相離《ちとけうあひはなれず》。是以人奮励《ここをもつてひとふんれいす》。」これは基督教を日本に弘めようと云ふ意ではない。同じ詩の末解にも、「嗟乎唐虞道《あゝたうぐのみち》、明白如朝霽《めいはくなることあさのはるるがごとし》、捨之不知用《これをすててもちふることをしらず》、甘為西洋隷《あまんじてせいやうのれいとなる》」と云つてある。横井は政治上には尊王家で、思想上には儒者であつた。甘んじて西洋の隷となることを憤つた心は、攘夷家の心と全く同じである。しかし当時の尊王攘夷論者の思想は、横井よりは一層単純で
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