る私なんぞは、羨ましくてもしかたがないと云つた。
暫く話してゐたが、此人の口からは存外文學談が出ないで、却て露西亞の國風、露西亞人の性質といふやうな話が出た。露西亞と日本との關係といふやうな事も話頭に上つた。
一時間まではゐないで歸られたやうに思ふ。
その後、私は長谷川辰之助君の事は忘れてゐた。ある日役所から引き掛に、須田町で、電車の※[#「窗/心」、第3水準1−89−54]へ賣りに來る報知新聞の夕刊を買つて見た。その夕刊の一面に、長谷川辰之助君の事が二段ばかり書いてある。西洋で肺結核になられて、いよ/\歸郷せられるといふことであつた。
私はそれを讀んで、外の事は見ずに、新聞を置いて、いろ/\な事を考へながら歸つた。容態が好くないから歸られるのだとは書いてあつた。併し兎に角、印度洋を渡つての大旅行を敢てせられるのだから、存外惡性でないのだらうとも思つて見た。結核菌の證明せられた肺尖加答兒の人にも、すつかり快復して長生をする人もあるなどといふことを思つた。
ある日新小説が來た。小山内薫君の途中といふ小説が出てゐる。此頃ちよい/\人の小説を讀むやうになつてゐるので、ふとそれを讀み
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