出した。途中の主人公も洋行する。露西亞にゐて肺結核になる。事實に據つたらしい小説で、長谷川辰之助君とは年代の關係が違ふが、その經歴の順序が似てゐる。私は始終長谷川辰之助君の事を思ひながら讀んだ。
途中の主人公は、肺結核になつて露西亞から歸つても、その後何年か生きてゐて死んだ。長谷川辰之助君はとう/\故郷に歸り著かずに、却つて途中で亡くなられた。
亡くなられたのは、印度洋の船の中であつたさうだ。誰やら新聞で好い死どころだと云つた。私にもさういふ感じがする。
併し臨終の折の天候はどうであつたか知らない。時刻は何時であつたか知らない。船の何處で死なれたか知らない。
私はかういふ風に想像することを禁じ得ないのである。病氣で歐羅巴を立たれたのであるから、日本人の乘合のない船には乘られなかつたに違ひない。病が段々重るので、その同國人はキヤビンの病牀を離れずに世話をしてゐる。心安くなつた外國人も、同舟の夙縁で、親切に見舞に來る。露西亞人もその中にゐて、をり/\露語で話をする。
或る夕、海が穩である。長谷川辰之助君はいつもより氣分が好いから、どうぞデツクの上に連れて行つて海を見せてくれいと云
前へ
次へ
全13ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング