はれる。側のものは案じて留めようとするが、どうしても聽かれない。そこで世話をしてゐる人がやう/\納得する。
 かういふ船には籐の寢臺がある。あれは航海者がこゝろざす港に著くと、船の小使に遣つてしまふ。さうすると、小使がそれを繕つて持つてゐて、次に乘る客に賣るのである。あの籐の寢臺がデツクの上にある。その上へ長谷川辰之助君を連れて行つて寢かしてあげる。海が穩である。印度洋の上の空は澄みわたつて、星が一面にかがやいてゐる。
 程よく冷えて、和《やはら》かな海の上の空氣は、病のある胸をも喉をも刺戟しない。久し振で胸を十分にひろげて呼吸をせられる。何とも言へない心持がする。船は動くか動かないか知れないやうに、晝のぬくもりを持つてゐる太洋の上をすべつて行く。暫く仰向いて星を見てゐられる。本郷彌生町の家のいつもの居間の机の上にランプの附いてゐるのが、ふと畫のやうに目に浮ぶ。併しそこへ無事で歸り著かれようか、それまで體が續くまいかなどといふ餘計な考は、不思議に起つて來ない。
 長谷川辰之助君はぢいつと目を瞑つてをられた。そして再び目を開かれなかつた。
 あゝ。つひ/\少し小説を書いてしまつた。併しこ
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