金その物に興味を持っている君とは違う。しかし友達には、君のような人があるのが好い。」
主人は持前《もちまえ》の苦笑をした。「今一つの肉は好いが、営口に来て酔った晩に話した、あの事件は凄《すご》いぜ。」こう云って、女房の方をちょいと見た。
上《かみ》さんは薄い脣《くちびる》の間から、黄ばんだ歯を出して微笑《ほほえ》んだ。「本当に小川さんは、優しい顔はしていても悪党だわねえ。」小川と云うのは記者の名である。
小川は急所を突かれたとでも云うような様子で、今まで元気の好かったのに似ず、しょげ返って、饌《ぜん》の上の杯を手に取ったのさえ、てれ隠しではないかと思われた。
「あら。それはもう冷えているわ。熱いのになさいよ。」上さんは横から小川の顔を覗《のぞ》くようにしてこう云って、女中の置いて行った銚子を取り上げた。
小川は冷えた酒を汁椀《しるわん》の中へ明けて、上さんの注ぐ酒を受けた。
酒を注ぎながら、上さんは甘ったるい調子で云った、「でも営口で内に置いていた、あの子には、小川さんも※[#「りっしんべん+(匚<夾)」、第3水準1−84−56]《かな》わなかったわね。」
「名古屋ものには小
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