護送して来た吉見九郎右衛門、同《おなじく》英太郎、河合|八十次郎《やそじらう》、大井正一郎、安田図書《やすだづしよ》、大西|与五郎《よごらう》、美吉屋《みよしや》五郎兵衛、同《おなじく》つね、其外《そのほか》西村利三郎を連れて伊勢から仙台に往き、江戸で利三郎が病死するまで世話をした黄檗《わうばく》の僧|剛嶽《がうがく》、江戸で西村を弟子にした橋本町一丁目の願人《ぐわんにん》冷月《れいげつ》、西村の死骸を葬《はうむ》つた浅草|遍照院《へんせうゐん》の所化《しよけ》尭周《げうしう》等が呼び出されて、七月十六日から取調《とりしらべ》が始まつた。次いで役人が大阪へも出張して、両方で取り調べた。罪案が定まつて上申せられたのは天保九年|閏《うるふ》四月八日で、宣告のあつたのは八月二十一日である。
平八郎、格之助、渡辺、瀬田、小泉、庄司、近藤、大井、深尾、茨田《いばらだ[#「いばらだ」はママ]》、高橋、父|柏岡《かしはをか》、倅柏岡、西村、宮脇、橋本、白井孝右衛門と暴動には加はらぬが連判をしてゐた摂津《せつゝ》森小路村《もりこうぢむら》の医師横山|文哉《ぶんさい》、同国|猪飼野村《ゐかひのむら》の
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