百姓木村|司馬之助《しまのすけ》との十九人、それから返忠《かへりちゆう》をし掛けて遅疑《ちぎ》した弓奉行組《ゆみぶぎやうぐみ》同心小頭《どうしんこがしら》竹上《たけがみ》万太郎は磔《はりつけ》になつた。然《しか》るに九月十八日に鳶田《とびた》で刑の執行があつた時、生きてゐたのは竹上一|人《にん》である。他《た》の十九人は、自殺した平八郎、渡辺、瀬田、近藤、深尾、宮脇、病死した西村、人に殺された格之助、小泉を除き、彼《かの》江戸へ廻された大井迄|悉《こと/″\》く牢死したので、磔柱《はりつけばしら》には塩詰《しほづめ》の死骸を懸けた。中にも平八郎|父子《ふし》は焼けた死骸を塩詰にして懸けられたのである。西村は死骸が腐つてゐたので、墓を毀《こぼ》たれた。
 松本、堀井、杉山、曾我《そが》、植松《うゑまつ》、大工作兵衛、猟師金助、美吉屋五郎兵衛、瀬田の中間《ちゆうげん》浅佶《あさきち》、深尾の募集に応じた尊延寺村《そんえんじむら》の百姓忠右衛門と無宿《むしゆく》新右衛門とは獄門《ごくもん》、暴動に加はらぬ与党の内、上田、白井|孝右衛門《かうゑもん》の甥《をひ》儀次郎《ぎじらう》、般若寺村《は
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