岡野等は戸を打ちこはした。そして戸口から岡野が呼び掛けた。「平八郎|卑怯《ひけふ》だ。これへ出い。」
「待て」と、平八郎が離座敷《はなれざしき》の雨戸の内から叫んだ。
 岡野等は暫《しばら》くためらつてゐた。
 表口《おもてぐち》の内側にゐた菊地鉄平は、美吉屋の女房小供や奉公人の立《た》ち退《の》いた跡《あと》で暫《しばら》く待つてゐたが、板塀《いたべい》の戸口で手間の取れる様子を見て、鍵形《かぎがた》になつてゐる表の庭を、縁側の角《すみ》に附いて廻つて、戸口にゐる同心に、「もう踏み込んではどうだらう」と云つた。
「宜《よろ》しうございませう」と同心が答へた。
 鉄平は戸口をつと這入《はひ》つて、正面にある離座敷《はなれざしき》の雨戸を半棒《はんぼう》で敲《たゝ》きこはした。戸の破れた所からは烟が出て、火薬の臭《にほひ》がした。
 鉄平に続いて、同心、岡野、菊地弥六、松高が一しよに踏み込んで、残る雨戸を打ちこはした。
 離座敷の正面には格之助の死骸らしいものが倒れてゐて、それに衣類を覆《おほ》ひ、間内《まうち》の障子をはづして、死骸の上を越させて、雨戸に立て掛け、それに火を附けてあ
前へ 次へ
全125ページ中95ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング