姓が死骸を見出して訴《うつた》へたのは、二十二日の事であつた。社のあつた所は河内国《かはちのくに》志紀郡《しきごほり》田井中村《たゐなかむら》である。
三人は風雨を冒《をか》して、間道を東北の方向に進んだ。風雨はやう/\午頃《ひるごろ》に息《や》んだが、肌まで濡《ぬ》れ通《とほ》つて、寒さは身に染《し》みる。辛《から》うじて大和川《やまとがは》の支流幾つかを渡つて、夜《よ》に入つて高安郡《たかやすごほり》恩地村《おんちむら》に着いた。さて例の通《とほり》人家を避けて、籔陰《やぶかげ》の辻堂を捜し当てた。近辺から枯枝《かれえだ》を集めて来て、おそる/\焚火《たきび》をしてゐると、瀬田が発熱《ほつねつ》して来た。いつも血色の悪い、蒼白《あをじろ》い顔が、大酒《たいしゆ》をしたやうに暗赤色《あんせきしよく》になつて、持前の二皮目《ふたかはめ》が血走《ちばし》つてゐる。平八郎父子が物を言ひ掛ければ、驚いたやうに返事をするが、其|間々《あひだ/\》は焚火の前に蹲《うづくま》つて、現《うつゝ》とも夢《ゆめ》とも分からなくなつてゐる。ここまで来る途中で、先生が寒からうと云つて、瀬田は自分の着てゐた
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