よたう》を召《め》し捕《と》られる時には、矢張《やはり》召し捕つて貰《もら》ひたい。或は其間《そのあひだ》に自殺するかも知れない。留置《とめおき》、預《あづ》けなどゝ云ふことにせられては、病体で凌《しの》ぎ兼《か》ねるから、それは罷《やめ》にして貰ひたいB倅英太郎は首領の立てゝゐる塾で、人質《ひとじち》のやうになつてゐて帰つて来ない。兎《と》に角《かく》自分と一族とを赦免《しやめん》して貰ひたい。それから西組|与力見習《よりきみならひ》に内山彦次郎《うちやまひこじらう》と云ふものがある。これは首領に嫉《にく》まれてゐるから、保護を加へて貰ひたいと云ふのである。
読んでしまつて、堀は前から懐《いだ》いてゐた憂慮は別として、此訴状の筆者に対する一種の侮蔑《ぶべつ》の念を起さずにはゐられなかつた。形式に絡《から》まれた役人生涯に慣れてはゐても、成立してゐる秩序を維持するために、賞讃すべきものにしてある返忠《かへりちゆう》を、真《まこと》の忠誠だと看《み》ることは、生《うま》れ附いた人間の感情が許さない。その上自分の心中の私《わたくし》を去ることを難《かた》んずる人程|却《かへ》つて他人の意
前へ
次へ
全125ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
森 鴎外 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング