れ丈《だけ》の事が残つた。陰謀の与党の中で、筆者と東組与力|渡辺良左衛門《わたなべりやうざゑもん》、同組同心|河合郷左衛門《かはひがうざゑもん》との三人は首領を諫《いさ》めて陰謀を止《や》めさせようとした。併《しか》し首領が聴かぬ。そこで河合は逐電《ちくてん》した。筆者は正月三日|後《ご》に風を引いて持病が起つて寝てゐるので、渡辺を以《もつ》て首領にことわらせた。此体《このてい》では事を挙げられる日になつても所詮《しよせん》働く事は出来ぬから、切腹して詫《わ》びようと云つたのである。渡辺は首領の返事を伝へた。そんならゆる/\保養しろ。場合によつては立《た》ち退《の》けと云ふことである。これを伝へると同時に、渡辺は自分が是非なく首領と進退を共にすると決心したことを話した。次いで首領は倅《せがれ》と渡辺とを見舞によこした。筆者は病中やう/\の事で訴状を書いた。それを支配を受けてゐる東町奉行に出さうには、取次《とりつぎ》を頼むべき人が無い。そこで隔所《かくしよ》を見計《みはか》らつて托訴《たくそ》をする。筆者は自分と倅英太郎以下の血族との赦免《しやめん》を願ひたい。尤《もつと》も自分は与党《
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