はすぐにあの事だなと思つた。堀のためには、中泉が英太郎の手から受け取つて出した書付《かきつけ》の内容は、未知《みち》の事の発明ではなくて、既知《きち》の事の証験《しようけん》として期待せられてゐるのである。
堀は訴状を披見《ひけん》した。胸を跳《をど》らせながら最初から読んで行くと、果《はた》してきのふ跡部《あとべ》に聞いた、あの事である。陰謀《いんぼう》の首領《しゆりやう》、その与党《よたう》などの事は、前に聞いた所と格別の相違は無い。長文の訴状の末三分の二程は筆者九郎右衛門の身囲《みがこひ》である。堀が今少しく精《くは》しく知りたいと思ふやうな事は書いてなくて、読んでも読んでも、陰謀に対する九郎右衛門の立場、疑懼《ぎく》、愁訴《しうそ》である。きのふから気に掛かつてゐる所謂《いはゆる》一大事がこれからどう発展して行くだらうか、それが堀自身にどう影響するだらうかと、とつおいつ考へながら読むので、動《やゝ》もすれば二行も三行も読んでから、書いてある意味が少しも分かつてをらぬのに気が附く。はつと思つては又読み返す。やう/\読んでしまつて、堀の心の内には、きのふから知つてゐる事の外に、こ
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